AI時代に、本というメディアはまだ効くのか
メディアコンサルタントでコミュニケーションプランナーの松浦シゲキです。
12月8日に、インプレスさんから染谷昌利さんとの共著『Claude Codeでもう一人の自分をつくる 判断基準を「分身」に引き継ぐ AIと仕事の設計法』が出ます。Amazonなどで予約が始まっています。
本の中身は本で読んでいただくとして、今回はもう少し引いた話を書きます。AIに聞けば、たいていのことに答えが返ってくる時代に、本というメディアはまだ効くのか。
自分はメディアを両側から見てきました。WIRED.jpやハフポストのように、コンテンツをつくって届けるパブリッシャーの側。ライブドアやスマートニュースのように、たくさんのメディアのコンテンツを集めて届けるアグリゲーターの側。ただ、物理的な本を一冊つくる側に回ったのは、今回が初めてです(インタビューを受けて出された電子書籍は一回経験があります)。つくりながら考えたことを、このニュースレターの言葉で整理しておきます。
1. 答えは、タダで速くなった
まず前提から。AIの時代に、情報の取得コストは大きく下がりました。
調べものをAIに頼めば、数秒でまとまった答えが返ってくる。文章の要約も、比較も、たたき台も。一つ一つの「答え」を手に入れるコストは、ほぼゼロに近づいています。
既視感があります。アグリゲーターの側にいたころ、コンテンツは記事という単位にばらされて、タイムラインに流れていきました。どのメディアの記事か、どの連載の何回目か、という文脈ははがれて、一本一本が単体で読まれる。読まれる量は増えたけれど、記事が置かれていた流れは、受け手から見えにくくなりました。
AIは、分解をもう一段先まで進めています。記事という単位すら越えて、必要な部分だけを抜き出し、混ぜて、答えとして返す。受け手にとっては便利です。でも、作り手が順番をつけて積み上げた考え方は、いったんばらばらになります。
断片の答えは、どんどん安く、速くなる。では、ばらばらにされると困るものは、どこで受け取ればいいのか。本の出番は、改めて問われています。
2. 本は「順番」を渡すメディア
今回、本を書いていて一番時間を使ったのは、文章そのものより、順番でした。本を書く人には当たり前のことかもしれませんが、あくまでも自分としては。
どの章で何を話し、何を前提に置くか。前の章で手にしたものを、次の章で使う。章の区切り方を変え、並びを何度も組み替えました。目次の案だけで、何往復もしています。
考え方というのは、部品を並べただけでは伝わりません。Aを分かってもらってからBを話すと腑に落ちるのに、Bだけ先に聞くと「まあ、分かるけど」で終わってしまう。順番そのものが、内容の一部なんです。
AIに聞けば、Bについての答えはすぐ返ってきます。でも、Aを経由しないBは、たぶん身につかない。本は、作り手が決めた順番ごと受け手に渡せる、数少ないメディアです。最初のページから順に読んでもらう前提で設計できる。ソーシャルメディアのタイムラインにも、検索結果にも、AIの答えにもない性質です。
ついでに言うと、長さも同じです。考え方を一つ渡すには、相応の分量が要る。一冊分の長さは、受け手の時間をまとめて預かるということで、だからこそ、預かった時間で順番をたどってもらえる。短く速いメディアが増えるほど、「まとまった長さ」の価値は、むしろはっきりしてくるのではと思っています。
3. 編集という、第三者の目
本をつくる側に回って、あらためて編集の目が入るということは大事ですね。あ、折りに触れて発言してますが、自分自身、編集の経験は狭い意味でほぼありません。
たとえばタイトル。最初は『Claude Codeシフト』という案で、自分も賛成していました。ところが出版社の会議で通らなかった。理由の一つが、書店のどの棚に置かれるか、でした。ツールの名前が前に出ると、ビジネス書ではなく、理工書やコンピュータ書の棚に置かれるかもしれない。結果として、本当に届けたい、コードを書かない人の目に触れにくくなる。
書いている本人からは出てこない視点です。本にとって、書店の棚は、届け方そのものです。どの棚に並ぶかで、誰の目に触れるかが決まる。ニュースレターの言葉でいえば、「伝え手」の構造を知っている人の判断でした。議論を重ねて、「分身」を軸にした今のタイトルに落ち着きました。
初校の段階でも、編集の手が入りました。自分は原稿の中で、著者である自分のことを「自分」と書いていました。ふだんの発信と同じ書き方です。ところが編集の側から、著者の「自分」を「私」に直したいと提案がありました。理由は、読者に語りかける「自分」と、著者を指す「自分」が同じ文章の中で混ざって、誰の話か分かりにくくなるから。言われてみれば、もっともです。読み手の側から読むと、確かにつまずく。今回の本に限って、著者の一人称は「私」にしました。
ほかにも、編集の側で補った説明は、著者の本文と見分けがつくように囲みにする、といった整理が入っています。誰の言葉なのかを、読み手が取り違えないように。
自分もAIと一緒に原稿を確かめましたし、AIの校正はかなり役に立ちました。ただ、どの棚に置くか、どの言葉なら読み手がつまずかないか、という最後の判断は、人の目が担っている。ニュースレターの第3回で、ブランドには「識別」「価値」「品質」の3つが要ると書きました。本というメディアが長く信頼されてきた理由の中心は品質、つまり作り手以外の目を通っていることなのだと、つくる側に回って実感しました。
4. 本は、すぐには直せない
もう一つ、本ならではの性質があります。出したら、すぐには直せないことです。
noteやニュースレターなら、間違いに気づけばその日のうちに直せます。ソーシャルメディアなら、新しい投稿で上書きもできる。本は簡単には直せません。印刷されて書店に並んだら、次に直せるのは、増刷のときか、改訂版を出すときです。
AIの道具は、画面も機能も驚くほどの速さで変わります。変化の速い領域で本を書くなら、すぐ古くなる部分をどう扱うかを、最初に決めておく必要がありました。今回の本では、操作手順の解説はできるだけ減らして、道具が変わっても使える考え方のほうを厚くしています。
本の弱点を、設計で裏返したとも言えます。すぐに直せないからこそ、時間が経っても残る部分を選んで書く。逆に、日々変わる情報は、noteやソーシャルメディアのような、すぐに直せる場所に任せる。メディアごとに、得意な時間の長さが違うんです。
5. 3つの軸で見た、本の役割
ニュースレターでは、コミュニケーションを「ブランド」「サーチ」「ソーシャル」の3つに分けて考えてきました。3つの軸で、本の役割を整理してみます。
まず、ブランド。本の一番の効きどころだと思います。本を出すと、「松浦は、AIと仕事について一冊分まとまった考えを持っている」と識別してもらえる。中身に値打ちがあるかどうかは読んでもらうしかないけれど、少なくとも、編集の目を通ったまとまりが存在すること自体が、名刺のように働きます。
次に、サーチ。AIや検索に答えを聞く時代に、まとまった出典の重みは、かえって増します。断片の答えがあふれるほど、答えの元になった、筋道の通った一次情報に戻りたくなる人は出てくる。AIの答えで入口に立った人が、深く知りたいと思ったときに行き着く先。本は行き着く先になれると思っています。予想の話なので、数年後に答え合わせをしたいところですが、自分自身としては確信な手応えはあります。
最後に、ソーシャル。本は、単体で話題の起点になります。発売のお知らせ、読んだ人の感想、知り合いのお店にポスターを貼ってもらう、といったことも含めて。第5回で書いた「3つの縁(血縁・地縁・知縁)」のそれぞれで、本は話のきっかけとして持ち運ばれていきます。物として存在することの強さは、デジタルの時代になっても、案外なくなっていません。
6. それでも、本だけでは届かない
ただ、本を出せば届く、というわけではありません。
前号で、情報が届く仕組みは、4マスの時代から、一人一人がメディアになる時代、そしてAIが答えを先回りする時代へと変わってきた、と書きました。そして、発信と受け手の反応のあいだで「円環」を回すことが大事になっている、と。
本も、円環の中の一点です。本だけを置いて待っていても、手に取ってもらえる機会は限られている。noteやソーシャルメディアで日々の考えを出し、ニュースレターで少し深く書き、ポッドキャストで話す。積み重ねの先に本があって、本を読んだ人の反応が、また次の発信につながっていく。
実際、今回の本のきっかけも、ふだんの発信でした。XやnoteでClaude Codeの使い方を書いていたのが、結果として出版につながった。本は、円環の終点ではなく、円環を一段太くするための装置なのだと思います。
7. 自身の考えを、どのメディアに載せるか
最後に、読んでくださっている方が自身の発信に使える形にまとめておきます。何かを伝えたいとき、どのメディアに載せるかは、次の4つの問いでだいたい決まると思っています。
一つめは、どのくらい速く届けたいか。今日の出来事への反応なら、ソーシャルメディアが一番速い。本は、企画から店頭に並ぶまで、半年から1年かかります。
二つめは、どのくらいの長さが要るか。一つの気づきなら数百字で足りる。ある考え方を、前提から順を追って渡したいなら、数万字が要る。長さが要るものほど、本やまとまった連載に向いています。
三つめは、あとから直す必要があるか。変化の速い情報や、数字が日々動くものは、すぐ直せる場所に置く。時間が経っても変わらない部分は、本のような、動かない場所に置く。
四つめは、自身以外の目を通す必要があるか。一人で出せる速さを取るか、第三者の目を通った品質を取るか。どちらが正しいということではなく、伝えたい中身と、受け手にどう受け止めてほしいかで選ぶものです。
4つの問いで見ると、メディアは役割分担だと分かります。速く、短く、すぐ直せて、一人で出せるのがソーシャルメディア。反対の端にあるのが本。noteやニュースレターは、両端の間を埋めている。AIが答えを返してくれる時代になっても、分担そのものは変わっていません。変わったのは、断片の答えを手に入れるのが簡単になった分、反対の端、つまり長さと順番と第三者の目を持つメディアの役割が、前より見えやすくなったことだと思います。
自身の仕事でも、まずは日々の気づきをソーシャルメディアやnoteで出し、反応を見ながらニュースレターで深め、十分に固まったものだけを、本のような長く残る形にする。順番を決めておくと、何をどこに出すかで迷いにくくなります。
結びに
AIに聞けば答えが返ってくる時代に、本というメディアは効くのか。自分の答えは、効く、です。ただし、答えを手に入れる場所としてではなく、順番と長さで考え方を渡す場所として。そして、作り手以外の目を通った、品質のあるまとまりとして。
ニュースレターのコンセプトは「どんなにAIが進化しようともコミュニケーションはなくならない」です。本をつくる側に回ってみて、思いはむしろ強くなりました。何を、どの順番で、誰の目を通して届けるか。まだまだ人の仕事です。
本はAmazonなどで予約受付中です。ぜひ、ご予約いただければ幸いです。
すでに登録済みの方は こちら

