分断を生むVS構造とメディアの役割 ー 兵庫県知事選から考える

メディアの二項対立が深める社会の分断。事実・解釈・主張の整理から見えてきた新しい可能性
松浦シゲキ 2024.11.24
誰でも

コミュニケーションプランナーの松浦シゲキです。

今回は兵庫県知事選挙におけるメディアコミュニケーションの課題について考えていきたいと思います。特に気になるのは、なぜこの選挙が「VS構造」に収斂していってしまったのかという点です。

この点に言及するにあたって、この件について話した旧知のビジネスプロデューサーが構造分解した図を元に述べていきたいと思います。

「事実」「解釈」「主張」の区別の可視化

まず、「事実」と「解釈」と「主張」に分解します。情報発信において、「事実」「解釈」「主張」の区別が曖昧になることで、受け手の混乱や不信感を招くことがよくあります。今回は、これら3つの要素について、私なりの整理を試みたいと思います。

「事実」とは何か

事実とは、客観的に確認可能で、複数の情報源によって裏付けられる出来事や現象を指します。

<事実の特徴>

  • 時間や場所が特定できる

  • 数値や具体的なデータで示すことができる

  • 誰が確認しても同じ結果が得られる

  • 主観的な価値判断を含まない

<例>

  • 「2024年4月X日、○○県で地震が発生し、気象庁発表によると震度5強を記録した」

  • 「△△社の2023年度の売上高は前年比10%増の100億円だった」

「解釈」とは何か

解釈とは、事実に基づいて意味づけや文脈を与える過程です。同じ事実であっても、見る人の立場や視点によって異なる解釈が生まれることがあります。円錐という事実が、見方によっては丸にも三角にも視えるように。

<解釈の特徴>

  • 事実を基にした分析や考察を含む

  • 専門知識や経験に基づく見解が含まれる

  • 複数の異なる解釈が成立しうる

  • 文脈や背景の理解が重要になる

<例>

  • 「この地震は、過去10年間の地震活動パターンから見て、より大きな地震の前触れである可能性がある」

  • 「△△社の売上増加は、新規事業への投資が実を結び始めた結果と考えられる」

「主張」とは何か

主張とは、事実と解釈を踏まえた上で、発信者が提示する意見や提案です。価値判断や方向性の提示を含みます。

<主張の特徴>

  • 発信者の価値観や立場が反映される

  • 具体的な行動や変化を促すことが多い

  • 反論や異なる意見が存在することを前提とする

  • 説得や影響力の行使を目的とする場合が多い

<例>

  • 「この地域では早急に耐震対策を強化すべきである」

  • 「△△社は今後も新規事業への投資を継続するべきだ」

なぜ区別が重要なのか

これら3つの要素を明確に区別することは、以下の理由で重要と思われます。

1. 情報の信頼性確保

  • 事実と意見の境界を明確にすることで、情報の信頼性が高まる

  • 受け手が自分で判断するための材料を提供できる

2. 建設的な議論の促進

  • 共通の事実認識を基に、異なる解釈や主張を議論できる

  • 対立点と合意点を整理しやすくなる

3. 情報操作の防止

  • 事実の歪曲や誤った解釈の流布を防ぐことができる

  • プロパガンダや誤情報との区別が容易になる

情報受信者の「印象」形成 - 事実・解釈・主張のブレンドがもたらすもの

これらの要素が混じり合って、受動態としての情報受信者側の「印象」として定着していきます。

「印象」とは何か

印象とは、受け手の中に形成される総合的な心象であり、以下の特徴が考えられます。

  • 主観的:個人の経験や価値観に強く影響される

  • 永続的:一度形成された印象は変更が難しい

  • 感情的:論理より感情に基づくことが多い

  • 選択的:都合の良い情報を優先的に受け入れる傾向がある

印象形成のメカニズム

情報受信者の印象は、「事実」「解釈」「主張」が以下のようにブレンドされて形成されることもあるかと思います。

1. 選択的接触

  • 自分の既存の価値観に合う情報を優先的に受け入れる

  • 不都合な事実や解釈を無視または軽視する傾向

2. 感情的フィルター

  • 事実よりも感情的な解釈が優先される

  • 主張の論理性よりも発信者への共感度が重要になる

3. 記憶の選択性

  • 印象に合う情報が優先的に記憶される

  • 矛盾する情報は忘れられやすい

例えば、ある政治家について

  • 事実:「予算案に反対票を投じた」

  • 解釈:「党の方針に従わない独自路線」

  • 主張:「改革派として評価すべき」

これらが受け手の中で「反骨精神のある改革者」という印象として定着する場合もあれば、「党の統制を乱す問題児」という印象になることもあります。

さて、今回、その「事実」「解釈」「主張」とその「印象」が、選挙中にその伝え手のルートごとに違って伝わっていきました。

もちろん「既存メディア」でも「一概に齋藤知事の責任とは言えないのではないか」と主張した人もいたでしょう。既存メディアとSNSの解釈の仕方を問題にしているわけではないので、いったんこう切り分けさせてください。結果としてVSの構造が産まれてしまったということを踏まえて。

なぜVS構造は生まれるのか

そのVSの構造をまとめたのが以下の図になります。

もちろん簡略化しています。そしてこの図自体が情報発信者たる自分の解釈です。その大前提を踏まえてください。これは私の主張です。

VS構造が生まれる要因として、以下の3点が挙げられます。

1.既存であれSNSであれ、メディアの経済的インセンティブ

  • 対立構造は視聴率やPVを獲得しやすい

  • 広告収入モデルでは、よりセンセーショナルな報道が優先される

2.SNSのプラットフォーム特性

  • 短い文章や単純な対立構造が拡散されやすい

  • ニュアンスのある議論が成立しにくい

3.受け手の認知バイアス

  • 複雑な問題を単純化して理解したい心理

  • 二項対立的な思考に陥りやすい傾向

私自身、デジタルメディアに関わって20年以上のキャリアになりました。その間、多くの既存メディアの「作り手」の皆様と関わってきてそのコンテンツの作り方に多大な敬意を持っています。しかし、それでも解釈に疑念を抱くこともあれば、時間や紙面数という制限によってどうしても出てしまう事実の深掘りの浅さも気にかかることもあります。

そしてSNS。デジタルメディアによる「作り手の民主化」もまた私自身、支えてきた身です。不確かさも含めてそこを許容してきたこともあります。

だからこそ、既存メディアとSNSの双方に対して同等の敬意と批判的視点を持つ立場から申し上げたいことがあります。両者には異なる特性と制約があり、それぞれに長所短所が存在します。既存メディアには時間や紙面の制約による深掘りの限界がある一方、事実確認のプロセスという強みがあります。SNSには拡散の即時性と情報の多様性という利点がある反面、事実確認の不確かさという課題も抱えています。重要なのは、これらを対立的に捉えるのではなく、互いの特性を理解し、補完し合える関係を構築することです。情報の受け手にとって、真に必要なのは、どちらか一方ではなく、両者の特性を活かした豊かな情報環境なのです。

「作り手側」が今一度やるべきメディアコミュニケーション

このコミュニケーションは当たり前の話で、釈迦に説法です。メディアコミュニケーションでは、以下のような点に注意を払う必要があります。

1. 明確な区分け

  • 事実報道と社説・論評を明確に分ける

  • 解釈や主張を提示する際は、その根拠となる事実を示す

2. 多角的な視点

  • 同じ事実に対する複数の解釈を提示する

  • 異なる立場からの主張も公平に取り上げる

3. 透明性の確保

  • 情報源を明示する

  • 解釈や主張の前提条件を明らかにする

デジタル時代において、この区別はより重要性を増しています。なぜなら、SNSなどでは事実・解釈・主張が混然一体となって拡散されやすく、受け手が混乱する可能性が高いからです。

既存メディア、SNSに限らず、情報発信者は、この3つの要素を意識的に区別しながら、より良いコミュニケーションを目指していく必要があります。それは、受け手との信頼関係を築き、実りある対話を実現するための基礎となるのです。

特に既存メディアにおいては、vol.15でも書きましたが、今一度。「既存メディア」は既存の伝え手としてのみの行動ではなかったですか?XやYouTubeなど様々なデジタルの「伝え手」を活用してたでしょうか。ここでいう活用というのは「決められた量」で作られたコンテンツをコピーして再利用することではないです。

松浦 シゲキ | コミュニケーションプランナー
@shigekixs
であれば、以前のネットオリジナルコンテンツも出しまくるNHKに戻してほしい。あえてアホな表現するなら民業圧迫のレベルで。

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2024/11/21 08:14
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「サイトの停止でサービス低下を懸念する声があるが、あるNHK幹部は「放送と同一の受益にかなうコンテンツを出す予定でいるので、ネットサービスの縮小にはならない」と強調する。」

特にNHKにおいては放送との同一性とか言ってる場合じゃないです。あえて表現を選ばずに書けば、民業圧迫のレベルでやるべきです。そして、民間の既存メディアも負けずに。

受け手に求められる意識

一方、主語を大きく言えば、我々、情報の受け手側にも以下のような意識が必要だと思います。

1. 批判的思考

  • 事実と解釈を意識的に区別

  • 複数の情報源の確認

  • 自分の確証バイアスへの警戒

2. 多角的な視点

  • 異なる立場からの解釈の理解

  • 感情的反応の自覚

  • 印象の固定化への注意

3. 建設的な対話

  • 事実に基づく議論

  • 異なる解釈への寛容

  • 主張の根拠の確認

特に私が強調したいのは「異なる立場からの解釈の理解」です。人は皆違う。私は多様性は歯を食いしばってでも解釈し理解することだと思ってます。最終的にはどんな解釈、主張があっていいんです。その上で、建設的な対話をするべきですし、それがSNSの面白さに本来繋がるはずなのですから。

VSの構造が生み出してしまった問題点

最後にあらためてこの問題点を可視化してみましょう。

極端なことをいえば、主張を結論づけるルールがあり、その裁定を待つべきだとは思います。もちろんその裁定に対して疑義その他問うのもアリですが、まだなにかしらの裁定も出てないのに解釈その他で 二項対立を加速させる分断を産むのは私は好きではありません。

今一度、「作り手側」がやるべきメディアコミュニケーションに立ち返るべきです。

既存メディアにおいて特に重要なのは、vol.3で触れた「識別」「価値」「品質」の3要素をメディアが意識することです。単なる情報の伝達者ではなく、社会の対話を促進する存在として、メディアの「識別」も「価値」も問い直してはと思います。

おわりに

VS構造に陥りやすい現代のメディア環境において、私たちに求められているのは、より豊かな対話を可能にする「場」の創出です。それは単なる技術的な問題ではなく、社会全体のコミュニケーションのあり方に関わる重要な課題です。

作り手には、対立を煽るのではなく、建設的な議論を促進する役割が求められています。それは困難な挑戦かもしれませんが、民主主義社会にとって不可欠な取り組みだと考えています。

重ねて主語を大きく言います。SNSにおいて全ての発信者が作り手ですし、SNSも既存メディアも関係なく誰も彼も受け手です。全員、この課題に真摯に向き合い、解決策を模索していく必要があるでしょう。

なにかの参考になれば幸いです。

(文:松浦シゲキ SpecialThanks:旧知のビジネスプロデューサー)

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