情報は"受け手"のものへ ー 兵庫県知事選に見る メディアコミュニケーションの最適化とは

兵庫県知事選の結果を受け、「大手メディアvs SNS」という対立構図で語られることが多くなっています。しかし、これは本質的な議論を見誤らせかねません。むしろ注目すべきは、情報の受け手である有権者の情報摂取環境が、より自然な形に進化している点です。コミュニケーションプランナーの視点から、この変化が意味するものを考察します。
松浦シゲキ 2024.11.20
誰でも

コミュニケーションプランナーの松浦シゲキです。

兵庫県知事選の結果を受け、「SNSの勝利」「既存メディアの敗北」といった言説が目立ちます。しかし私は、この単純な二項対立の構図に違和感を覚えています。

私たちが注目すべきは、「既存メディアvs SNS」という対立構図ではありません。より重要なのは、情報の「受け手」である有権者の情報摂取環境が、自然な形に進化しているという事実です。

このニュースレターのVol.1で述べたように、私は「受け手が受動的に情報を取得する」コミュニケーションをソーシャルコミュニケーションと定義しています。ソーシャルコミュニケーションをイメージしやすく言うと井戸端会議です。興味・関心を元にした「つまらない話は話が広がらない。面白い話は伝播する」コミュニケーションです。テレビや新聞、X(旧Twitter)、YouTube、いずれもが「受け手」に対して話題のネタを提供する「伝え手」という点では同じなのです。

テレビ地上波は、確かに大画面で豊富な情報量を提供できます。しかし、「受け手」は決められた時間に、決められた場所で、受動的に情報を受け取らなければなりません。そして作り手としてのテレビ地上波や新聞はその伝える量の制限があります。一方、スマートフォンを介したデジタルメディアにおいて「受け手」は、時間や場所の制約なく、自分の興味のある情報に接することができますし、多種多様の作り手が量の制限なく無限にコンテンツを作り出すことができます。

実際、Vol.7でも触れましたが、すでに「伝え手」の利用時間において、2019年は5.6分差だったテレビ地上波(リアルタイム)視聴とネット利用時間の差が、2023年には59.2分もの開きになっているのです。

ここで重要なのは、これは単なるメディアの優劣の問題ではないということです。「受け手」の自然な情報摂取行動が、テクノロジーの進化によってより自由になった結果なのです。

特に危険なのは、この状況を「分断」という文脈でのみ捉えることです。確かに、アルゴリズムによって次々と推薦されるコンテンツは、「受け手」の興味関心に沿った形で提供されますが、それは同時に、情報の偏りや過剰摂取を引き起こす可能性があります。かつ、上記でも述べたように既存メディアによる情報は決められた量しか伝えられず、ネット上では無限の量で情報に接することができます。しかし、これはメディアの形態の問題というより、Vol.5で説明した「知縁=共通の知識や趣味などに基づく人間関係」の形成がSNSなどを通じて、世代も場所もなにもかも飛び越えて繋がることができるようになったからとも言えますし、そういう仕組みなのだと拒否せずに認識してコミュニケーションを組み立てることが必要なのです。

さらに言うならば、既存メディアという「作り手」に求められているのは、Vol.3で述べた「品質」の担保です。情報の正確性や信頼性を保ちながら、いかに様々な「伝え手」を通じて「受け手」の自然な情報摂取行動に寄り添えるか。「既存メディア」は既存の伝え手としてのみの行動ではなかったですか?XやYouTubeなど様々なインターネットの「伝え手」を活用してたでしょうか。ここでいう活用というのは「決められた量」で作られたコンテンツをコピーして再利用することではないです。「価値」は感じてもらっていたとしても、「品質」を感じてもらっていたかどうか。もし、従来の作り方で受け手が得られていた「価値」「品質」が毀損していたら、そのやり方では回復することはないでしょう。これまで信頼性の象徴だった『大手メディアによる報道』という事実だけでは、もはや受け手にとっての品質を担保できなくなっているのではないでしょうか。また、「価値」も「品質」も決めるのは受け手であって作り手ではありません。作り手が品質があるとどんなに居丈高に語っても、受け手に伝わってなければその品質は皆無です。

この観点から見ると、選挙報道において重要なのは、どのメディアが「勝った」「負けた」ではありません。むしろ、各メディアがそれぞれの特性を活かしながら、いかに「受け手」に価値ある情報を様々な「伝え手」を通じて提供できるかが問われているのです。テレビ局やラジオ局、新聞社や雑誌社は従来の伝え手ルートだけで受け手に情報を届けているのですか?

ここで興味深いのは、今回の選挙で特に注目を集めた情報の性質です。「井戸端会議」においてウケがいいネタの代表例が「秘密の開示」です。既存メディアが報じない(または報じられない)情報の存在を示唆し、その一端を開示するという手法は、必ずしもその情報が完全である必要も、確定的である必要もありません。UFOの目撃情報のように、ソースが完全には確定していなくても、「開示」という行為自体が受け手に高揚感を与えるのです。この心理を、ネットネイティブな作り手たちは本能的に理解しています。

ただし、これは決して既存メディアにそのような手法を求めているわけではありません。むしろ、先に述べたように、既存メディアには独自の「価値」と「品質」を保ちながら、いかに受け手の自然な情報摂取行動に寄り添えるかが問われているのです。

これからのメディアコミュニケーションにおいて最も重要なのは、このような「受け手」の心理も含めた戦略立案です。既存メディアも「受け手」の自然な情報摂取行動を理解し、それに寄り添った形でコミュニケーションを設計することが求められているのです。実際、ネットネイティブな作り手は理解しているからこそ様々な「伝え手」を利用して「受け手」に届かせるようにしているのです。

全てのメディアは『井戸端会議のネタ提供者』であり、それは民主主義の基盤となる健全な対話を促進する重要な役割です。この本質を理解し、テクノロジーの進化に応じた新しいコミュニケーション設計ができるかどうかが、これからのメディアの真価を問うことになると私は思います。

なにかの参考になれば幸いです。

(文:松浦シゲキ )

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