コミュニケーションプランナー視点で、今回の都知事選挙の各候補のコミュニケーションを勝手に振り返ってみる

エコーチェンバー効果と選挙コミュニケーションについて
松浦シゲキ 2024.07.12
読者限定

はじめに

コミュニケーションプランナーの松浦シゲキです。

長年様々な企業や組織の情報発信におけるコミュニケーションに携わってきた私ですが、今回の東京都知事選挙を一市民として見ていて、強く印象に残ったことがあります。それは、候補者たちの情報発信のあり方が大きく変化してきたということです。

私は選挙のプランナーではありません。しかし、メディアコミュニケーションの専門家として、今回の選挙戦におけるインターネットの影響力の増大と、それに伴う情報の可視化の進展に注目せずにはいられませんでした。

選挙期間中、私は以下のような内容をXにポストしました:

松浦 シゲキ | コミュニケーションプランナー
@shigekixs
都知事選をみるに、情報発信のあり方においてかなり変化が出てきたなあ、と。特に、ネットからの影響が強まり、情報があれこれと可視化される中で、双方向のコミュニケーションがどのように見られるかがますます重要になってきた感。

安野さんの数字はその結果の一つ。
2024/07/07 20:36
85Retweet 339Likes

このポストが80万以上のインプレッションを記録したことは、多くの人々がこの変化を感じ取り、関心を持っていることの表れだと考えています。

そこで本稿では、コミュニケーションプランナーとしての視点から、今回の都知事選における各候補者のコミュニケーション戦略を私のフレームワークである「ブランドコミュニケーション」「ソーシャルコミュニケーション」「サーチコミュニケーション」という3つの観点に当てはめて論じてみます。これらの観点を通じて、候補者たちがどのように有権者とのコミュニケーションを図ろうとしたのか、そしてその効果はどうだったのかを考察していきます。私からすると各候補者もそれぞれメディア=作り手ですし、私の関心は、彼ら候補者の存在や主張が、伝え手を通じて有権者たる受け手にどう届くかにあるのです。

なお、本稿はあくまで一コミュニケーション専門家の私見であり、選挙の勝敗を評価するものではありません。むしろ、これからの政治とコミュニケーションのあり方について、皆様と一緒に考えるきっかけになればと思います。また、個別の具体の政策についても論評しません。

それでは、2024年東京都知事選挙における各候補のコミュニケーション戦略を見ていきましょう。

3軸のコミュニケーションのフレームワークをおさらい

本稿に入る前に、これまでのニュースレターで紹介してきた3つのコミュニケーション軸について簡単におさらいしておきましょう。これらの軸は、今回の都知事選におけるコミュニケーション戦略を理解する上で重要な視点となります。

ブランドコミュニケーション(解説

  • 受け手の課題解決における純粋想起相手となること.

  • 選挙では:候補者が有権者の悩みや課題に対する解決策を提示する存在として認識されること.

サーチコミュニケーション(解説)

  • 受け手が能動的に情報を取得すること.

  • 選挙では:有権者が自ら候補者の政策や経歴を調べ、情報を得ようとする行動.

ソーシャルコミュニケーション(解説)

  • 受け手が受動的に情報を取得すること.

  • 選挙では:有権者がソーシャルメディアやテレビ、ラジオ、新聞などのメディア、周囲の人々との会話を通じて候補者の情報に触れ、そして、その興味関心を共有する行動

これらの3軸は、過去のニュースレターで詳しく解説していますので、詳細はそちらをご参照ください。今回の都知事選では、各候補がこれらの軸をどのように活用し、有権者とのコミュニケーションを図ったのかを見ていくことで、現代の選挙コミュニケーションの特徴が浮かび上がってくるでしょう。

特に注目したいのは、デジタル技術の進展によって、これらの軸がどのように変化し、融合しているかという点です。例えば、SNSの活用によって、ブランドコミュニケーションとソーシャルコミュニケーションの境界が曖昧になっている場面も見られました。

また、従来の選挙戦略では、ソーシャルコミュニケーションが中心でしたが、今回の選挙では、サーチコミュニケーションの重要性が増していると思います。有権者が自ら情報を探し、比較検討することができるからこそ、どのようにブランド露出するかも大事です。

これらの視点を念頭に置きながら、いくつかの候補のメディアコミュニケーション戦略を見ていくことで、2024年の東京都知事選挙が示す、政治コミュニケーションの新たな潮流が見えてくるはずです。

小池百合子氏のコミュニケーション戦略

現職候補である小池百合子氏の選挙戦略は、まさに「王者の戦い方」と言えるものでした。コミュニケーションプランナーの視点から見ると、彼女の戦略には非常に興味深い要素がいくつも含まれています。

まず、ブランドコミュニケーションの観点から見てみましょう。現職であることは、やはりかなりの強みだと思います。実際、東京都知事選では現職落選は一度もないという事実もあります。なぜかというと、既に4年間の実績という受け手にとっての価値が確立されているからです。有権者の皆さんは、小池都政の下での4年間を体験しているわけですから、その価値をある程度実感しているはず。

そこで小池氏が取った戦略が、「公務優先」を前面に出したブランドコミュニケーションです。すでに識別はあるし、価値の補足をすればいいだけ。現地視察など、直接的に都民と接する機会のある公務を通じて各地に顔を出すことで、リアルタイムな「インプレッション=識別」も獲得しています。また、テレビや新聞などのメディアで報道される公務活動を通じても、間接的に都民への露出を確保しています。

ここでブランドコミュニケーションの識別・価値・品質について軽く説明します。詳しくは解説記事をご確認ください。

ブランドコミュニケーションにおいて最も重要なことは、「作り手」自身が持つ「信頼の文脈」の可視化です。これは以下の三つの要素から成り立ちます。
識別 ブランドが「受け手」に明確に認識されることが重要です。そのために、ブランドの特徴や独自性を際立たせ、他のブランドと差別化を図ることが識別の要素です。
価値 ブランドが提供する情報やコンテンツが、「受け手」にとって価値があると認識されることが重要です。「このブランドが保持している情報は価値がある」と「受け手」に感じてもらうことが価値の要素です。
品質 ブランドが信頼できる情報源として認識されることが必要です。「このブランドが提供する情報は、正確で信頼に値する」「このブランドならば安心の情報元である」という認識を持たれることが品質の要素です。
これらの要素を満たすことが、ブランドによる文脈の体現と言えます。「受け手」に対して信頼されているかどうかを言語化できるかどうかが、ブランドコミュニケーションの大きなポイントです。

そして、見逃せないのが「無所属」戦略です。 既に強い支持基盤がある中で、特定の政党色を出す必要はない。ただでさえ特定の政党色を持つこと価値が落ちちてしまっているところに何故寄り添わなければならないのか。必然性はなにもないのです。

でも、ここで終わってしまったら「デジタルネイティブ」な若い有権者には届きません。そこで登場したのが「AIゆりこ」。生成AIを活用して作られた小池氏のデジタル分身です。公務で忙しい本人に代わって、SNSで政策や実績を発信する。YouTubeにある【2024 AI YURIKO NEWS】の再生数をみるとそこまで届いている感はないですが、でも、ソーシャルコミュニケーションはやらないよりまずはやること。なぜなら、ソーシャルコミュニケーションで話題になることで、個々人が潜在的に持つ小さな興味関心から、多くの人が共有する顕在の大きな興味関心に広がる可能性があるのです。また、ソーシャルコミュニケーション上での存在感がないことは、特に若年層や情報感度の高い層に対して、時代遅れや無関心というネガティブなイメージを与えかねません。潜在的な支持者や無関心層に訴求するためには、なるべく多くの異なるアプローチを試みる必要があります。

結局のところ、小池氏の戦略は「変える必要があるものは変え、変える必要がないものは変えない」というバランスの取れたものだったと言えるでしょう。iPhoneに特段の不満がなければ、買い換え続ける。その上で新機能があればなおよしという話と一緒です。

極端な話、ブランドコミュニケーションが成立していれば、サーチコミュニケーションもソーシャルコミュニケーションもそこまで強化しなくてもいいのです。識別・価値・品質のいずれかが損われる場面、もしくは対抗相手が小池氏を上回る識別・価値・品質を持っているのであれば、その対処をすればよいのです。今回の過程をみるに、小池氏は特段のコミュニケーション強化をしなくてもよかったとも言えます。

石丸伸二氏のコミュニケーション戦略

石丸伸二氏は、ブランドコミュニケーションでいえば、事前の識別はすでに安芸高田市長としてYouTubeを中心に量がとれていました。かつ、実際の選挙中の識別もデジタル上におけるYouTubeはもちろんのこと、200回以上の街頭演説で認知向上を行いました。その上で、価値も「政治再建」を主要なメッセージとして、そこのみを訴求する形で行っています。「実質ゼロ円都知事」などわかりやすいキャッチフレーズでの値付けは見事でした。品質としては政策の具体性よりも、変革への意欲や姿勢を強調することで、既存政治への対案を貫き通してます。悪く言えばイメージ戦略なんですが。

そのブランドコミュニケーションを後押しするソーシャルコミュニケーションも巧み。とにかく街頭演説は撮影・拡散してねと強調することで、人々の興味関心の間にその見た目とわかりやすい言葉をもって入っていきました。石丸氏がこの戦略を採用した背景には、有権者が潜在的に持つ既存政治への不信感があるでしょう。それは別に小池都政だけでなく、今までの政治家による政治全てに対してだと思います。閉塞感に対する変化の要望を実現する存在として自らをアピールしたのです。

また、有権者の間には「新しいリーダーシップへの期待」という潜在的な要求もあったのでしょう。石丸氏が安芸高田市長としてリーダーシップをとったイメージがあることは、この有権者の期待に応える形で石丸氏の識別を高める上で大きな役割を果たしたと思います。

そして強調すべきはサーチコミュニケーションが発生していること。NHKの「東京都知事選 検索データから分析 最も検索されたのは…」によれば、検索数は一貫して小池氏や蓮舫氏の3倍以上。しかもサブクエリとして一番多かったのは「街頭演説」という単語です。選挙活動にとってポジティブなキーワードであり、他の候補者との大きな違いを示しています。

この検索傾向は、有権者の潜在的な興味関心が顕在的な情報収集に変化したことを示しています。有権者にしてみれば「石丸氏は本当に政治を変えられるのか、リーダーシップがあるのか」その識別を確認するために検索行動を起こしたと考えられます。それが、有権者の検索行動において「街頭演説」の単語に現れたのです。また注目すべきは、実際に街頭演説をみる機会がなくても、各種動画プラットフォームで石丸氏の街頭演説の様子を後追いで検索結果として見ることができる。ここが今までの選挙との大きな差とも言えます。

その結果としての2位でしょう。後述しますが、10代から30代にかけてのテレビ(リアルタイム)視聴が落ちていても、インターネットという現代の一番強い伝え手はもう無視できないのです。

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続きは、6504文字あります。
  • 蓮舫氏のコミュニケーション戦略
  • 安野貴博氏のコミュニケーション戦略
  • エコーチェンバー効果と選挙コミュニケーション
  • おわりに:コミュニケーションプランナーとしての総括

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