コミュニケーションプランナー視線でみる「コロンブス騒動」 〜 どうしたらネガティブな結果を起こさずに済んだのか 〜

「表現の自由と、影響力への責任」のバランスとは
松浦シゲキ 2024.06.21
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コミュニケーションプランナーの松浦シゲキです。

私が仕事で提供している価値のひとつに、第3回「知ってもらう前に、あなたの「価値」を言語化するべき―メディアコミュニケーションにおけるブランドとは―」で書いた、「✔︎事件事故が起きないように、予防についてのアドバイスを提供する」があります。

今回はその視点から、最近話題となったMrs. GREEN APPLEの「コロンブス騒動」について考察したいと思います。テーマは「どうしたらネガティブな結果を起こさずに済んだのか」。ここで言うネガティブとは、「作り手が関係各所と調整しつつ作り上げてきたコンテンツの取り下げ」としましょう。つまり、「どのようにすればネガティブな結果、具体的には作り手が関係各所と調整しながら作り上げたコンテンツの『取り下げ』を避けられたのか」ということです。

なお、作られたコンテンツそのものの考察はしません。もちろん、炎上してしまった過去事例を分析することも重要です。しかし今回は、そもそものコンテンツ制作において「何を意識し、どのようなプロセスを踏む、どんなチームであるべきか」を述べたいと思います。個別の文脈の歴史を知るべきとか、ポリコレで注意すべきポイントを覚えるとかということではなく、コンテンツが生み出される過程の見直しの必要性があるのです。

「受け手」「伝え手」「作り手」のフレームワーク By MagicalFactory LLC

「受け手」「伝え手」「作り手」のフレームワーク By MagicalFactory LLC

今回も、第1回の「真の意味で『コミュニケーションについて考えられた』コンテンツとはどんなものか」で紹介した「受け手」「伝え手」「作り手」のフレームワークを用いて考えます。これまでの4マスの時代は、「作り手」が作ったコンテンツは直接「受け手」に届くのではなく、「伝え手」を経由していました。その際、「受け手」のリアクションが「伝え手」上に表示されることはありません。テレビ番組や新聞紙面上には、視聴者や読者の反応がそのまま載らないということです。

しかし、インターネットの登場により、「作り手」によって作られたコンテンツは、そのまま「伝え手」たるYouTubeやTikTokといったプラットホーム上に表示され、同時に「受け手」のリアクションも「伝え手」上に表示されてしまうようになりました。

「受け手」「伝え手」「作り手」のフレームワークより「作り手」の中にいるディレクターの役目とは By MagicalFactory LLC

「受け手」「伝え手」「作り手」のフレームワークより「作り手」の中にいるディレクターの役目とは By MagicalFactory LLC

この時大事な役目を果たすのが、「作り手」の中にいる、「伝え手」を通じて「受け手」とのコミュニケーションをプランニングする役割の人です。この役職はプロデューサーやディレクターなど業界によっていろんな言い方があると思いますが、ここでは単にディレクターとします。

私は「伝え手」=プラットホームの事業者の中の人としても、「作り手」の中のディレクターとしても、何度も「受け手」とのコミュニケーションプランニングを行ってきました。今回述べるのは、この経験に基づいた意見です。

「コロンブス」はMrs. GREEN APPLEの作品ですが、世に送り出す際には、アーティスト本人たちだけでなく多くの関係者が関わっています。謝罪文がアーティスト本人から出ているので、もしかしたら今回はアーティスト自身がそのコミュニケーション設計の責任者でもあるのかもしれませんが、とにかく今回論じるのは、「ディレクターがどう立ち振る舞うか」です。

このテーマについて、以下、ディレクターが考えるべき3つの「予防」に関する観点を述べたいと思います。

それは、

・「受け手」を傷つけうる事例を蓄積し、常に学ぶ姿勢をチームに伝播させる

・「作り手」の中で、冷静で中立的な立場を貫く

・柔軟性を持った「作り手」チームを運営する

です。

「全ての表現は誰かを傷付ける」ことの啓蒙

そもそも、「作り手」は「全ての表現は誰かを傷つける可能性がある」ことを念頭において、覚悟をもって活動すべきです。「差別的な表現に見えてしまう恐れがある」ことを分かった上で出したコンテンツならば、批判を受けても貫き通すのも一つの選択肢です。アートとして、意図を懇切丁寧に説明すればいいのです。しかし同時に、制作時には想像していなかった・意図していなかった観点で炎上するリスクも考え、その予防はしておくべきです。

コンテンツを生み出す際、「作り手」には必ず何らかの意図があります。メッセージを伝えたい、感動を与えたい、あるいは社会問題について考えを喚起したいなど、様々な意図があるでしょう。しかし、その意図が「受け手」に正しく伝わるとは限りません。

「受け手」は、自身の経験、知識、価値観などを通して作品を解釈します。つまり、「作り手」の意図と「受け手」の受け取り方には、ズレが生じる可能性が常にあることを理解しなければいけません。ある表現が「作り手」にとっては芸術的な表現であっても、「受け手」によっては差別的、あるいは不快な表現に感じられることもあります。

このような意図と受け取られ方の違いは、コミュニケーションにおける大きな課題の一つです。特に現代社会は、ソーシャルメディアの発達により、コンテキストを共有しないままに、コンテンツが瞬時に届けられるようになりました。これによってさらに「作り手」と「受け手」のズレは生まれやすくなったし、今まで以上に多様な背景を持つ受け手がコンテンツを目にする機会も増えたのです。

したがって、「作り手」には自らの意図を明確にし、それが正しく伝わるよう表現を工夫する責任があります。同時に、意図しない解釈がなされる可能性も考慮し、多様な視点からのチェックを怠らないことが重要です。表現の自由を尊重するあまり、事件や事故につながるようなことがあってはなりません。そのためには、禁止や規制といった手段に頼るのではなく、予防の観点から対策を講じることが重要です。そして、予防に必要なのは、過去事例の蓄積と共有です。今回の件でも、おそらくディレクターには、各種様々な過去のトラブルや教訓、事例の積み上げがあったはず。別に自分自身に起きたことだけではなく、他のチームやディレクターに起きた事例もです。

こうした事例はディレクターだけでなく、チームメンバーや、さらに外側(今回であればレーベルなど)に共有されているべきです。私の経験でいえば、チームメンバーが気軽にアクセスできる共有の仕組みを用意しておくべきです。古くは社内Wiki、今であればNotionやConfluenceなどを活用して、そこに情報を溜め込む。ディレクターだけでなく、メンバー全員がオープンに事例を蓄積する習慣を作ることで、少しずつ啓蒙は広まるものなのです。

蓄積・共有するのみならず、メンバー間で直接事例を紹介しあう機会を作ることも有効です。かつて所属していた会社には「失敗カンファレンス」という取り組みがありました。メンバーそれぞれが失敗を持ち寄り、発表するものです。ここまでイベントごとにしなくても、週次の定例会議の中で10分間だけ時間を取り、蓄積された事例を紹介する形でもいいのです。

特に「作り手」の中にいると、日々の制作フローのやりとりは多々あれど、なかなか価値観や認識のアップデートの機会はもてないものです。多様性を受け入れつつ、安全性も確保するためには、関係者全員が考え、理解することが不可欠です。メンバーが主体的に「受け手」の多様な価値観を考える機会を作り、お互いに学びあうチームを作ること。これが、ディレクターが肝に銘じるべき「啓蒙」の役割だと思います。

「伝え手」に近い「作り手」の役割は「つまらない人でいること」

私自身は、「作り手」としては三流だという自己認識を持っています。しかしそれゆえに、プラットフォーマーにいたときは「伝え手」として「作り手」のコンテンツに最大限のリスペクトを払うことが最上の使命であると考えていましたし、「作り手」のチームの一員であるときは実際にコンテンツを作るスタッフがいかに「伝え手」を通じて「受け手」に対して最適なコンテンツを送り出せるか腐心していました。ただし、「作り手」のコンテンツに酔いしれてしまってはいけません。「作り手」のコンテンツが大多数の人を魅了することで、ビジネス的な意味での大ヒットにつながることは理解していますが、同時に冷静な目を持つことが重要だと考えています。

「作り手」の中から「受け手」目線を考えるディレクターにとって、アーティストや作家との距離感はとても重要な要素です。アーティストのタイプは千差万別であり、一律の方法論では対応しきれませんが、一般的に言えば、「やらないことを決める」こと、つまり一線を引くことがディレクターの役割です。「つまらない人」と思われてもいいのです。言い方を変えれば「間違ったコミュニケーションをとらない」判断ができればいいのです。

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続きは、4266文字あります。
  • ネガティブな結果を回避できる柔軟なチームづくり
  • 「表現の自由と、影響力への責任」のバランス

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