広告は本当に悪者なのか? - コミュニケーションの観点から見直す広告の価値と未来
コミュニケーションプランナーの松浦シゲキです。
広告は、私たちの日常生活に深く根付いています。街を歩けば目に飛び込んでくる看板、テレビを点ければ流れるCM、スマートフォンを開けば表示されるバナー広告。しかし、近年、特にデジタル広告に対する批判的な声が高まっています。
「不快な広告が多すぎる」——こうした声をよく耳にするようになりました。特にデジタル広告の台頭により、個人のオンライン行動を追跡し、ターゲティング広告を配信する手法に対しては、不気味さや違和感を覚える人も少なくありません。
さらに、広告のために質の低いコンテンツが量産されているという批判や、広告ブロッカーの普及に見られるように、広告そのものを避けようとする動きも顕著になっています。
一方で、広告は経済活動として大きな位置を占め、新製品や新サービスの情報を伝える重要な役割を担っています。また、多くのメディアにとって、広告収入は運営を支える重要な柱でもあります。
デジタル上で広告がユーザーから嫌悪感を持たれるようになった理由の一つに、私は一般のユーザー同士のコミュニケーション時間の増加にあるのではないかと思っています。SNSやメッセージングアプリの普及により、人々は以前にも増して直接的かつ頻繁にコミュニケーションを取るようになりました。このデジタルにおけるパーソナルで双方向的なコミュニケーションの中に広告が入りすぎているのではないかと。
コミュニケーションプランナーである私の立場からみると、この状況は広告の本質的な役割と現代のデジタルコミュニケーション環境のミスマッチから生じていると考えられます。
では、広告は本当に「悪者」なのでしょうか? それとも、広告のあり方を再考し、現代のデジタルコミュニケーション環境に適応させていく必要があるのでしょうか? 個人的なことを申し上げれば、私の社会人人生のうち、メディアビジネスを長らくやってきた身として広告で20年以上ご飯を食べてきました。だからこそ、この状況には悲しさを抱きます。
本稿では、広告に対する批判的な見方を踏まえつつ、広告の本質的な価値を再評価し、これからの時代に求められる広告のあり方について考察していきます。
デジタル広告批判の背景
広告に対する批判は、デジタル技術の進化とともに多様化し、深刻化しています。ここでは、広告批判の主な背景について詳しく見ていきましょう。
・プライバシー侵害への懸念
デジタル広告の発展に伴い、ユーザーの個人情報やオンライン行動の追跡が常態化しています。例えば、ある製品をウェブサイトで閲覧した後、別のサイトでも同じ製品の広告が表示されるリターゲティング広告。これは効果的なマーケティング手法である一方で、「監視されている」という不快感をユーザーに与えています。
EU一般データ保護規則(GDPR)の施行や、AppleのApp Tracking Transparency(ATT)機能の導入は、このようなプライバシー侵害への懸念が世界的に高まっていることの表れといえるでしょう。
・ユーザー体験を著しく損なう不快な広告
近年、デジタル広告の質の低下が著しく、ユーザーは不満を募らせています。例えば、真面目な記事を読もうとサイトを訪れたところ、汚い鼻の角栓が大写しになったサムネイルの広告が画面を占領し、気分を害するという経験をした人は少なくないでしょう。このような不快な広告は、ユーザーのコンテンツ消費体験を著しく損ない、サイトやブランドへの信頼を低下させる原因となっています。
さらに、ポップアップ広告や自動再生される動画広告など、ユーザーの意思を無視した強引な広告表示も問題視されています。これらの広告は、ユーザーが目的のコンテンツにアクセスすることを妨げ、ストレスを与えるだけでなく、サイトの使用性を著しく低下させています。
このような状況は、広告に対する不信感を助長し、アドブロックの利用増加や広告離れにつながっています。広告業界は、ユーザー体験を最優先に考え、コンテンツの価値を高める広告設計に取り組む必要があります。
・偽情報や誤解を招く広告の問題
誤解を招く広告表現や、事実と異なる情報を含む広告は、消費者の信頼を大きく損なう要因となっています。特にソーシャルメディア上での偽情報の拡散は深刻な問題となっていますし、各国の広告規制当局は、誤解を招く広告に対する監視を強化していますが、デジタル広告の急速な進化と膨大な量に追いついていないのが現状です。
・Ad-blockの普及と広告離れの現状
こうした広告への不満の高まりを反映し、Ad-block(広告ブロックソフトウェア)の利用が世界的に増加しています。(知っておくべき最新の広告ブロックの使用状況と統計情報 [2022 年])
特に若年層でのAd-block利用率が高く、これは将来的な広告効果の低下につながる可能性があります。また、YouTube Premium のような広告なしのサブスクリプションサービスの人気も上昇しており、「広告を見たくない」というユーザーの意思表示が明確になっています。広告業界にとって、この「広告離れ」は深刻な課題です。
これらの批判的な見方は、広告そのものの存在意義を問う声にもつながっています。しかし、広告には情報伝達や市場活性化といった重要な社会的役割があることも事実です。次章では、このような批判を踏まえた上で、広告の本質的な役割について再考していきます。
コミュニケーションの観点から見る広告の本質的な役割
広告に対する批判が高まる一方で、コミュニケーションの観点から見ると、広告は依然として本質的な役割を持っています。ここでは、私が提唱する3つのコミュニケーション軸—ブランドコミュニケーション、サーチコミュニケーション、ソーシャルコミュニケーション—から広告の役割を再考してみましょう。
ブランドコミュニケーションにおける広告の役割
ブランドコミュニケーションとは、「受け手の課題解決における純粋想起相手となる」ことを目的とするコミュニケーションです。広告は、この目的を達成するための強力なツールとなります。
ブランドコミュニケーションの核心は、「識別」「価値」「品質」という3つの要素にあります。広告は、これらの要素を効果的に伝達し、強化する役割を果たします。
- 識別:広告は、ブランドの特徴や独自性を際立たせ、他のブランドとの差別化を図ります。例えば、アップルの「Think Different」キャンペーンは、同社の革新的なイメージを強く印象づけました。
- 価値:広告を通じて、ユーザーにとってのブランドの価値を明確に伝えることができます。ナイキの「Just Do It」キャンペーンは、単なるスローガンではなく、ユーザーが感じる自己実現や挑戦の価値を象徴しています。これは、ブランドがユーザーの生活や目標にどのような価値をもたらすかを示しています。
- 品質:広告は、ブランドが提供する製品やサービスの品質、信頼性を視覚的、聴覚的に訴求します。これは提供者の視点からの要素です。例えば、高級車ブランドの広告に見られる洗練された映像や音楽は、製品の高品質さや技術力を暗示しています。
重要なのは、これらの要素が一貫性を持って伝達されることです。広告は、ブランドの「信頼の文脈」を可視化し、受け手との長期的な関係構築に寄与します。
サーチコミュニケーションと広告の関係性
サーチコミュニケーションは、「受け手が能動的に情報を取得する」コミュニケーションです。デジタル時代において、この領域での広告の役割は大きく変化しています。
私が提唱する「サーチコミュニケーション」的アプローチにおいては、単に検索エンジンのアルゴリズムに最適化するのではなく、検索するユーザーとの真の対話を目指すべきなのです。
広告は、このサーチコミュニケーションにおいて以下のような役割を果たします:
- 情報提供:ユーザーが探している情報に関連する広告を表示することで、問題解決を支援します。
- 選択肢の提示:比較検討中のユーザーに対して、新たな選択肢を提示します。
- 教育的役割:複雑な製品やサービスについて、広告を通じて詳細な情報を提供します。
ここで重要なのは、広告がユーザーの「検索意図」に沿ったものであるべきということです。押し付けがましい広告ではなく、ユーザーのニーズに応える形で情報を提供することが求められます。
ソーシャルコミュニケーションにおける広告の影響力
ソーシャルコミュニケーションは、「受け手が受動的に情報を取得する」コミュニケーションです。SNSの普及により、この領域での広告の影響力は劇的に変化しています。
私が提唱する「3つの縁(血縁、地縁、知縁)」フレームワークを用いると、ソーシャルコミュニケーションにおける広告の役割がより明確になります:
- 血縁:家族や親族内での情報共有に影響を与える広告(例:家族向け商品の広告)
- 地縁:地域コミュニティ内での話題を生む広告(例:地域限定キャンペーン)
- 知縁:共通の興味や関心を持つ人々の間で共有される広告(例:趣味に特化した広告)
ソーシャルメディア広告の強みは、これらの「縁」を通じて自然に拡散されうる点にあります。しかし、それはコンテンツがユーザーにとって「シェアしたくなる」価値を持っている場合に限ります。
また、インフルエンサーマーケティングも、この文脈で捉えることができます。インフルエンサーは、フォロワーとの間に「知縁」を形成しており、その関係性を通じて広告メッセージを自然な形で伝達します。
ーー
広告は本来、単なる商業的メッセージの伝達手段ではありません。それは、ブランド、サーチ、ソーシャルの3つのコミュニケーション軸において重要な役割を果たすべき存在です。しかし現状では、ユーザー体験を損ない、コミュニケーションを阻害する広告が横行しています。
私たちは、この現状に対する批判を真摯に受け止め、広告の本質的な価値を再考する必要があります。広告は、ユーザーとブランドを結びつけ、必要な情報を提供し、社会的な対話を促進する役割を担っているはずです。これらの価値を最大化する形で広告を設計・展開することが、これからの広告コミュニケーションに求められます。
つまり、広告はコミュニケーションを阻害するものであってはなりません。むしろ、ユーザーの情報探索や興味関心の共有を支援し、豊かなコミュニケーション環境を創出する存在となるべきではないでしょうか。
この記事は無料で続きを読めます
- デジタル時代における広告の進化
- 広告の未来:より良いコミュニケーションのために
- 変化することで広告は悪者でなくなる
すでに登録された方はこちら